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サイレント・ボイス/愛を虹にのせて

2009年02月08日 21:48

皆さんはこのすばらしい映画をご存知ですか?

「サイレント・ボイス/愛を虹にのせて」
1987年制作された映画です。

一人の野球少年が核弾道ミサイルを見学に行き疑問を持った「何のためにこれがあるの?」その質問にはっきりと答えられない大人達。その少年はミサイルが無くなるまで野球をやらないと誓う。

それが地方新聞の小さな記事になり、偶然それを目にしたバスケットボールのスター選手が、、、、、アメリカンフットボールの選手が、、、、、、、すこしずつ世界が変わってくる、、、、この後の結末は、、見てのお楽しみ!

私の中では80年代最高のピースな傑作映画でした。

サイレント・ボイス 愛を虹にのせて(1987) - goo 映画


サイレントボイス

イスラエル・パレスチナに平和を!

2009年01月16日 19:00

ヒロシマ原爆ドーム前で1月16日イスラエルとパレスチナでの戦闘を早くやめて欲しいと言う願いを込めて約200人が集まりキャンドル文字を作りました。「フリーガザ 殺さないで!」昨年暮れからの戦闘でなんと多くの子供達が殺された事でしょう。憎しみが憎しみの連鎖を作り続けます。
いつになると中東に平和が来るのでしょうか?
宗教問題?領土問題?石油資源問題?どんな問題にせよ人が人を殺す事で(武力で)平和は絶対に作れません。

フリー・ガザ

盛り上げよう9条ピースウォーク

2008年04月05日 14:41

ヒロシマを2月24日雪の日にスタートした「9条ピースウォーク」
今、愛知県に入っています。
関東に近づくにつれてだんだんとにぎやかに盛り上がってきています。
「9条ピースウォーク・リポーター・リレー」という若い人たちからの報告があります。
これを読んでみなさんも参加を。

下の応援グッズは終了しています。

[9条ピースウォーク公式Tシャツ]販売価格2000円

T400.jpg


[9条フラッグ」販売価格5000円
サイズ87㎝×135センチ
こちらのは旗はピースウォークの文字が入っていませんのでいつでもどこでも使えるようになっています。
幕張に行けない人は5月5日「こどもの日」に鯉のぼりといっしょに付けて上げるっていうのもおしゃれですよ。
9F400.gif

2005年終戦60周年の広島での一こま

2005年08月15日 19:18

8月15日終戦記念日ですね。
日本が他国に戦争をしかけて、原爆が投下され、敗戦となり、戦争が終わり?60年。
しかし世界では幾多の戦争が繰り返し、現在も戦争が行われています。日本はみずから戦争をしかけるということは、60年間無かったことです。これはほんとうに誇らしいことです。しかし、他国の戦争を支持したということはとても恥ずべきことです。それをとめられない市民の力と自分の力のなさにもはがいさを感じます。
これからの時代に日本がいかに巻き込まれずに行くことが出来るか?また世界の戦争にはどめをかける役割を担えるか?問われているようにおもいます。
日本国憲法第9条を日本の常識にしたいものです。

下の写真は今年の広島のある一こまです。

断食5日目のジョン

ジョン&ケリー シュシャードさんの広島でのビジュル
5日目の断食をするジョンさん(過去の記事参照)

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広島での最後の日 断食6日目

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ジョン&ケリー広島の被爆6団体にメッセージを伝える

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グリンピースのアクション
風船のハトに市民から集めた平和のメッセージを貼付け掲げる
20050818133856.jpg


ドイツの学生達のアイデアで小さなブロックに平和のメッセージを書いてもらい、5月のニューヨーク核拡散防止条約(NPT)再検討会議で組まれ、海を渡り、広島に持ち込まれたピースブロックが原爆ドームを囲いました

ハウス オブ ピース

2005年07月23日 12:23


長崎広島での『懺悔の祈りと断食』を予定しているジョン シュシャードさん達の主催するハウス オブ ピースのことが、ボストンの新聞に載った記事の意訳です。

"Peace is the Word" North Shore Sunday 紙 2004年12月12日掲載
Frank Carini記者
意訳 山崎千恵子
 
古い漁港の街にて、世界中の紛争地域の難民に憩いの場を与え続け14年、ハウス
オブ=ピースの活動ますます勢いづく。

両親を目の前で失い、人々が銃殺されるのを目撃し、命からがら逃げてきた子供たち
や家族がたどり着くのは、ここイプスウィッチにあるHouse of Peace ハウス=オブ
=ピース。ほとんどのものが言葉さえ失い、平和を渇望してここへやってくる。ハウ
ス=オブ=ピースは丘の上にある大きな白い家で、20の部屋をもち、1990年よ
り世界中の紛争や戦争で全てを失った難民を受け入れてきた。創立者のケリー、ジョ
ン=シューシャード夫妻は、これまでにスーダン、エチオピア、アフガニスタン、コ
ソボ、ザンビア、などなど40の地域国を数える。

ジョンの話では、「ほとんどのものがここにやってくる前に、人が考えられないほど
のトラウマを背負ってくる。両親が目の前で暗殺された子もいれば、銃撃戦を経験し
てきた者もいる。全てを失い、あらゆる苦しみを経て、ここにやってくるもを受け入
れてきました」という戦争孤児や家族たちが、ここに平和を求めてやってきます。あ
るものは、木から葉が落ちて冬になることを見たこともなかったり、ほとんどのもの
が、蛇口をひねれば水が出ることや、スイッチをつければ電気がつくことなど、体験
もしたこともなく、電気をつけると顔を背ける子もいるとか。

ここ4エーカー(4600坪)のハウス=オブ=ピースで文字どおり暖かいもてなし
を受け、安全を確保されて、衣食住をあたえられ、数週間から数カ月の間の、驚くほ
どわずかな期間で、みな自活できるようになり、これからアメリカで何とか暮らして
いけるよう、方向付けのお世話をしています。

ある時は、ソマリアの難民家族が2、4、6、9、12歳のこどもを引きつれ14年
間ケニア国境内の難民キャンプで死線をさまよいながら、ここたどり着いた。そのす
ぐ後には、ボストンのストリートを50時間不眠でさまよっていたボスニアからの5
人家族がここで保護された。その歳のハウス=オブ=ピースでの感謝祭の夕食は50
人に膨らんだという。ふた家族の父親は庭で落ち葉集めをし、母親たちは食事の用
意、後片付けを手伝い、ボスニア、ソマリアの大きい子供らは小さい子らの面倒をみ
ていた。やがて、彼等はそれぞれに地元の、ソマリア=コミュニティーによってア
パート見つけてもらって巣立っていった。

元々この地を夫妻が選んだのも、近くに海岸があるためである。二人はこの海の癒し
の力を利用して、難民を保護するのに必要な憩いの場として選んだ。またボストン郊
外のこの地を選んだもう一つの理由として、ボストンには様々な難民がたどり着き、
難民コミュニティーが多々あるためで、二人はここで、戦争孤児の癒しのコミュニ
ティーを打ち立てたいと願って、ここイプスウィッチに、築277年の古い家を購入
してやってきた。

最初の7年間は主に、両親を戦争で殺された10代の、べトナム、ハイチ、エルサル
バドル、キューバ、アルバニアの若者が多かった。二人の再婚当初、これらの青少年
11人と暮らしたという。彼等は、国連や米国国務省の難民弁務救済プログラムより
 ハウス=オブ=ピースへ送られてきた。多くのここで地元の高校へ通わせてもらっ
て卒業していった。
ある二人のベトナムの若者は、さらにここから博士号を取得するにいたる。

またある年少は、地元のケープアン=ウワルドーフ、シュタイナー学校に通ってい
た。また多くのものがカソリックの奉仕団体に支えられてきた。常時8人近くの難民
家族がハウス=オブ=ピースに身を寄せる。中にはコソボから、3世代家族がここに
お世話になっていた時もあった。多くはいきなりやってくることが多い。2日前に知
らせがあるなんていうのは、まだましだそうだ。ましてや、その多くのものが24時
間体勢の医療サポートを必要としている。地元の病院へ行くのは日常で、肺炎、脱水
症なんてのはよくあることだそうだ。
「よく人々は、私たちがどうやってここをまかなっていくのか聞いてくるが、私たち
がここをまかなっているのではない、地元や国中の人、あるいは諸外国からも善意の
寄付がよせられ、なんとかやっている。アップルトン農園から新鮮な野菜の寄付が、
そして近くの魚市場から新鮮な魚介類が、そしてケープアン=ウオールドフ学校から
連日のように衣類がおくられ、多くの教会が資金集めをしてくれます」とジョンは、
夫人のケリーを伴って話してくれた。またケリーの夫人の言葉をかりれば、「イプス
ウィッチという街全体で私たちの仕事や人々をサポートしてくれて、本当に助かって
います。苦難の旅の末、ハウス=オブ=ピース二やってきた人々が癒えていく過程
に、こうした人々の善意があるからでしょう」
そして、シューシャード夫妻を含め、ここの理事会のメンバーたちは皆無給で奉仕し
ている。そして、そうした活動にドイツ、イタリア、日本、マレーシアの若者がボラ
ンテイアにやってくる。

二人の出会い
彼等は1980年、ジョンが7人の仲間とともに起こしたプラウシュアー行動の最初
の地、ペンシルバニア州でであった。ジェネラル=エレクトリック社にハンマーを
持って侵入し、二つの核弾頭容器に血をたらし、平和の祈りを捧げ、逮捕された。
10種以上もの重罪の刑で投獄された。

一方、ケリーは同じペンシルバニア州で発達障害児童と成人のキャンプヒル=コミュ
ニティーにて15年暮らしていた。
お二人とも、平和への希求を分かち合ってきた。二人は口をそろえていう、「暴力の
行使は非人間的だ」と。

ジョンは「戦争という暴力は、我々の人間性を否定し、破壊します」という。彼は、
1965年米国海兵隊がベトナムのダナンに侵攻した時、合法的な自衛権の行使に反
するとして、上司命令を退け除隊した経験持ち、イリノイ州出身でバーモントで弁護
士をやっていた。前妻とのあいだに3人の子供、14人の孫があり、カナダ、モント
リオール生まれボストン郊外で育ったケリーも2児の母親で、孫が一人いた。再婚同
士で長い間の友情の末、結ばれハウス=オブ=ピースを二人ではじめることになる。
二人のユニークで山谷に満ちた背景を駆使しても、このハウス=オブ=ピースをはじ
めることは、決して容易いことではなかったろう。

ケリー夫人いわく「彼等の話す戦争の悲惨さは、それはそれはこちらの想像を超えた
もので、戦争の惨さを知っていたつもりだったけど、その傷跡や戦争からくる心の痛
みや、その破壊力の恐ろしさには、私たちが知る由もありませんでした。一番辛いの
は、特にそれらの話をお世話をしている人から聞くのは忍びがたいです。彼等は激情
を抱えてやってきますから」と語る彼女の姿がそこにあった。


懺悔の祈りと断食

2005年07月19日 15:02

懺悔の祈りと断食と題し広島長崎に落とされた原爆投下に対しての祈りの断食が行われます。  
長崎で8月1日からスタート8月3日に広島に移動広島で6日までそして再度長崎で9まで。という9日間の断食です。

ジョン シューシャードさんの声明文

敬愛する被爆者の皆様
 
私達は米国人とし て、広島、長崎における原爆による残虐行為を謝罪いたします。
私達は、9日間 座り込み、祈り、断食して皆様に直接「広島、長崎という美しい都市
の無防備な 人々に対する、アメリカによる核破壊を、心底よりお詫びします」と申し
上げる 為に来ています。悪魔のような原子爆弾によって、罪の無い皆様の被る終りの
無 い苦しみを思うとき、私達は悲嘆に暮れ、深い悔恨のなかで居たたまれない思いで
す。被爆者の皆様が60年間にわたって途絶えることなく平和を訴え、核兵器の廃 絶を
訴えて来られたことに、深く感謝します。私達は、皆様の世界へ向けた証言 に連帯し、
心と命の団結のためにここに参りました。

 私達は以下のこ とを信じます。
- 死の飛行機、エノラゲイとボックスカーは、未曾 有の戦争犯罪、そして人類に対する罪を犯したました。この原爆投下は、人類史 上に引き起こされた戦争の中で、最大にして二重の国際的市民大虐殺であり、残 虐行為でありました。そして歴史はそれを記録すべ きであります。
- 殺傷破壊力において千倍強の熱核兵器の一層の開発は、世界 を取り巻く核拡散を 結果として引き起こし、人類と いう家族をその歴史の終焉に直面せしめる事態に至らしめました。
- 希望 の光を生むためには、核兵器の増大と拡散の暗い現実の中で、人類に対し、万物に対し、最も甚大なその罪が告白され懺悔 されなければなりません
- 人類の生存は、日本国憲法第九条の英雄的な倫理規 範を模範とする、核兵器の廃絶、戦争の廃絶にか かっています。

 私達は、米国の現行の核の脅威・先制攻撃による戦争とい う政策を非人道的であり、
犯罪であると告発するものです。

広島、長崎 被爆60周年の悲しみの日々の中で、すべての原爆犠牲者に祈りを捧げ、私
達は思 いを新たにし、懺悔いたします。私達のこの思いは、米国のほとんどの平和運
動 によって共有されている思いです。謝罪を実現していくよう、私たちは平和の創造
のために行動をおこし、非暴力世界の未来のために、恐れるということのない精 神的
基盤を培っていくことを誓います。

私達は、パールハーバーの攻 撃、及び第二次世界大戦における侵略に対する、日本政
府の謝罪に謝意を表しま す。私達は、これは和解と武装解除した世界へ向けた、最初
の勇気ある一歩であ ると考えます。私たち米国市民は、米国政府もまた謝罪すること
を求めます。そ うすれば、核の大破壊の悪魔は、告白され懺悔され人類を真の和解へ
と導いてい くでしょう。


ジョン&ケリー・シューシャード
ハウス オブ ピー ス
John & Carrie Schuchardt
House of Peace
1 High Street
Ipswich, Massachusetts 01938
U.S.A.
978-356-9395 thehouseofpeace@yahoo.com



ジョン シューシャードご夫妻のプロフィール
ジョンさん(1939年生まれ)とケリーさんは二人で1990年に、世界各地に於ける
戦争、紛争によって心身の被害に遭われた人々や、障害者の憩いの場として「ハ ウス
=オブ=ピース」を自宅を開放して始められました。15年の間に、お世話 になった
もの400を超え、その出身国は30にも渡ります。かれらがその後、 アメリカで暮
らしていけるよう、ここであたたかい庇護をうけました。

「ハウス=オブ=ピース」を日々運営していくかたわら、ご夫妻は人々の意識を高 め、
戦争に向かう諸政策を平和なものへと転換するよう、多くの活動に参加して います。
とくにケリー夫人は女性が公の場で証人となるネットワーク「ウーマン =ウイーピン
グ」を始めました.彼女ら喪服に身を包み、生命を断たれた子供達 を象徴する人形を
抱きかかえて、マスコミでは殆どとりあげられることのない、 戦争の戦慄すべき暴力
に子供らを失った、世界中の紛争地域の何十万もの母親た ちの悲しみを訴えていきま
す。一方ジョンは戦地ベトナムへ送り込まれる前1965 年、海兵隊より除隊して以来
「平和のための帰還兵」活動に意欲的に取り組んで おられます。

1980年ジョンさんは、他の7人の敬虔なるキリスト教徒と ともに、最初のプラウ
シュアー行動も起こしました。これは非暴力直接行動で す。旧約聖書の一節「汝、武
器を鋤きに鋳変えよ、、(中略)、、国家は再び戦 争の過ちを繰り返してはならない」
との言葉を元に、ペンシルバニア州の核兵器 工場へ逮捕、投獄を覚悟でハンマーを持っ
て侵入し、核弾頭の容器を使用不可に させるほどのダメージを与えました。そして裁判
によって合州国国家を訴え、核 兵器の持つ真の恐ろしさと、核兵器廃絶がいかに必要な
ものであるかを説きまし た。1983年にも同様の、プラウシュアー行動をおこしてお
ります。これら が、その後のアメリカ中の70以上にも上るプラウシャー運動へと広が
りを見せ ていきます。


[ 続きを読む ]

無防備地域宣言

2005年06月30日 00:25

・無防備地域宣言ていう言葉を御存じですか?
「地域を無防備にする?危ないんじゃない?」
「じゃあ武器をそろえて守ろうか?あいてを攻撃するための武器ではなくって攻めてこられた時のために、そう、自衛隊のために銃ぐらいは持っててもいいんじゃない?」
「でも最近はどこの国もしっかりした軍隊をもっているし、小さな銃ぐらいでは守れないんじゃない?」
「そうだね大きな国は核兵器だってもっているしね」
「じゃあ私達の国だって先進国なみの兵器を持っとけば安心じゃないかな」

・あいての国と同等?それよりも沢山持ってた方が安心できる?
 そんな発想で軍拡競争があり、武器の進化もあったのでしょうね。
・今では地球上ではなく宇宙にまで軍備を用意するという。果てしの無い軍備をそろ 
 えて命を守ろうとしているのでしょうか?
・ほんとうに軍備って必要??????
・軍備で自分達の命は守れないんじゃないでしょうか?
・じゃあいっそのこと相手に恐怖心を持たせるような武器をいっさい無くしてしまっ   
 て「私は何も武器を所持していません!」て宣言するって言うのはどうでしょう 
 か?
○1977年に採択されたジュネーブ条約の追加議定書(第1議定書)の59条に「紛争
 当事国が無防備地域を攻撃することは、手段のいかんを問わず禁止する」とありま
 す。
・「無防備地域宣言」を宣言する主体は「適当な当局」となっていて地方自治体など
 にあたるようです。現在日本各地で自治体への働きかけが行われているようでが、
 残念ながら、宣言採択にはいたっていません。(無防備地域宣言をホームページで
 検索すると各地の取り組みがわかります)
○そこでグローイングピースでは「適当な当局」を拡大解釈し、まずは、個人や家族
 で「無防備地域宣言」してしまおう!ということで、ステッカーを制作しました。
 興味のあるかたはご連絡下さい。(2002年制作)
オレンジ色(横107mm×縦117mm)¥300
ホワイト色(横163mm×横93mm) ¥500
車のボディーに貼付けても長持ちします。
別途送料が必要です。
在庫、送料確認のためまずはご連絡を。
growing_peace@ybb.ne.jp

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